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2011/07/31

私のメンター (1)






昨日、親友が私と息子をオノヨーコのライブに誘ってくれました。あまりに、すごい経験だったので、別の日に書きたいと思います。心臓がまだパクパクしています。

日本全国からオノヨーコファンが広島に集結しました。その群集の中で、私の親友は燦然と光を放っていました。各界からの知り合いに次々に取り囲まれ、彼女の人気の高さに驚きました。

彼女は、長年広告業界、マスコミ業界で活躍し、大変質の高い仕事で定評があるので、この不況の中でも、自分の信念を貫けるプロジェクトをつぎつぎにこなしています。

今の先行きの不透明な時代に、何とか日本人に希望を持ち続けてほしいというメッセージを仕事を通じて発信しています。

そして、次の世代を育てようという情熱にあふれています。

仕事をすることは、日々の糧を得るためだけではなく、社会貢献の場、自分の良心を具現化する場であることを彼女から学んでいます。


2011/07/30

息子の夢がかなう。

安芸の宮島



5月下旬から始まった夏休みも、あと2週間で終わります。

息子の今回の帰国でぜひ達成したかった目標の一つに、「大トロの握りをたらふく食べる」というのがありましたが、私は、「そんなこと、できるわけないじゃない。いったい何万円かかると思っているの。」と相手にしていませんでした。

ところが、昨日友人に連れて行ってもらった大衆的なおすし屋さんで、たまたま「マグロの解体ショー」をやっていて、(すし屋さんで解体ショーっていうのがすごい!)特別サービスで、「マグロをサクで買うと、お店の板前さんが握りに作ってくれる」という特典がありました。

息子は、すかさず、3000円の大トロ1サクと2000円の中トロ1サクをゲットし、なんと合計35貫のにぎりを作ってもらいました。

激安で、息子の夢だった「思う存分、トロを食べる」ことができました。

私も試食しましたが、とてもおいしかったです。

これで、夏休みのグランドフィナーレを飾ることができました。

めでたし、めでたし。

20年ぶりの再会

錦帯橋






数日前に、旧友に20数年ぶりに会って食事をしました。

メールのやり取りをしていたので、そこまで長く会っていないという実感はなかったのですが、思い返してみると、最後に一緒に食事をしたのがバブル絶頂期のセッティングだったので、間違いありません。その時どんな洋服を着ていたか?…なんてことは、怖くて考えたくありません。

話してみると、意外とシームレスで、まるで先月会った続きの話をしているようで、「感涙にむぜびながら、再会を喜ぶ」「抱き合って、互いの無事を確認しあう」「不義理を詫びる」的なことは全くありませんでした。

「このペースでいくと、次に会うのは、私たちがお婆さんになっているので、これからはもっと頻繁に会いましょう。」と近い将来の再会を約束しました。

彼女は若い頃から「とびっきりおいしい、上質なものを少しだけつまむ。」というグルメなライフスタイルでしたが、今も洗練された素敵な大人の女性です。

私はというと、「質より量」重視の夫と20年近く結婚して、「相撲部屋のちゃんこ」のような食生活なので、深く反省してしまいました。

私に会って、そのお友達は驚きのあまり、夜、眠れなかったんじゃないかなあ。





2011/07/29

兎追いし かの山





父は、12歳で全寮制の中学に入学するまで、山口県の山奥の村で育ちました。山に囲まれた、清流の美しい村です。下流には、錦帯橋という有名な橋が架かっています。

親戚一同60年以上村を離れているので、今はお墓とお寺に参るだけです。でも、アメリカで生まれ育った息子にとっても、懐かしい情景となっています。

童謡の「ふるさと」のイメージにぴったりの村です。



Youtube に庄野真代さんの素敵な歌がありました。

日本は、本当に美しい国だと思います。

2011/07/28

チビちゃんたち




島でご馳走になった海の幸
サンディエゴでは味わうことができないおいしさです。


今日は、従兄弟の家族と食事に行きました。

従兄弟には、小学一年生を頭に3人の男の子がいます。私は、たった一人の息子に悪戦苦闘、右往左往しているのに、従兄弟と奥さんは、本当に上手に子育てを楽しんで、子供たちものびやかで、幸せそうです。

息子は、チビちゃんたちを生まれ時から知っているので、会うたびに大きくなる成長振りをびっくりするやら、感心するやら、大喜びです。

一人っ子の息子にとって、小さい子供を愛おしいと感じたり、子供が大きくなるために、親がどれほど愛情をかけ、手をかけているかを見せてもらう、貴重な体験をさせてもらっています。

又、従兄弟が車命のエンジニアで、彼からスーパーカーの幼児教育を施してもらっていたので、息子もやはり車好きになりました。今日も従兄弟から色々車のテクノロジーについて教わっていました。息子にとって「クールなおじちゃん」と話せるのは、とてもエキサイティングなことのようです。

私は、奥さんと色々話ができて、すごく楽しかったです。今の若いお母さんたちは、本当に堅実で、学ぶことが多いのです。若い視点でのものの見方が、とても新鮮です。

アメリカのキンダーの子供が背負うバックパックをチビちゃんたちにプレゼントしました。下の2人には大きすぎ、まるで亀の甲羅のようでした。来年会う頃には、体にぴったりするといいのですが。






2011/07/27

お泊りキャンプ


大人気のそうめん流し

息子は、今日と明日教会のお泊りキャンプのボランティアをしています。

小学生から高校生までの子供たちが一緒に、聖書を学んだり、平和学習のフィールドトリップをします。

ハイライトはなんといっても、夕食のバーベキューとそうめん流しです。教会の方が竹を山から切り出して、そうめん台を作ってくださいました。

パイプいすで作る傾斜の具合は難しく、最初は「そうめんのナイアガラの滝」状態でしたが、微調整を重ね、ついに上流の人と下流の人が公平にそうめんをありつけるようになりました。

よかった、よかった。

2011/07/26

アメリカにも電車があればなあ。

まるで、ヨーロッパの街並みのような路面電車。
ドイツ製で、ルフトハンザカーゴで来日しました。



いきなり、自慢モード全開になってしまいますが、広島は、日本一の路面電車の町です。どこでも出かけることができます。しかも、交通渋滞に引っかからないので、見かけ以上に早く目的地に到着できます。

他の街では使われなくなった電車も引き継いでいるので、街自体が「路面電車博物館」となって、全国の「電ちゃん」(鉄道オタクは鉄ちゃん、電車オタクは電ちゃん)の集結地にもなっています。

国際化、グローバル化が叫ばれる数十年前の1970年から、広島ではドイツから輸入した電車を走らせていました。今は最新鋭「グリーンムーバーマックス」が走行しています。いかにもドイツらしい機能的なデザイン、バリアフリーを細部にまでこだわった構造、シートのファブリックも美しい素晴らしい電車です。(あ、しまった。私が電ちゃんであることをカミングアウトしてしまった。)

電車以外にも、JR,バスもひっきりなしに運行されているので、便利です。

サンディエゴにもこのような交通システムがあれば、私の生活はどれほど楽になるだろうと思います。でも、息子の場合には学校が遠方にあるので、新幹線通学になりますね。それはそれで、息子は大喜びだと思います。


2011/07/25

地味なお弁当

シイタケ、高野豆腐の煮もの、魚の照り焼き
あなご、松茸かまぼこ、たこ、こんにゃく
メインディッシュはどこだ?

パッケージも敬老系です。






この間、島に行く時、駅弁を食べました。私は幕の内(ヘルシーバージョン)、息子は「必勝、カープ弁当」です。

カープ弁当の写真を撮ろうと思った時には、息子は完食しており、弁当ガラしか残っていませんでした。中身は、名前の通り、トンカツ、ハンバーグ、エビフライのがっつりおかずが満載だったそうです。

ところで、わたしのお弁当は、薄味でとてもおいしかったです。味覚もシニアに一歩近づいたのかも。

2011/07/24

広島駅1番ホーム立ち食いうどんの謎

立ち食いうどんとは思えない立派なたたずまい。
大きさも通常の3倍はあります。
他のホームのうどん屋さんはただのアルミサッシドアです。




有名なので、お土産に持って帰る人もいます。


広島の都市伝説のひとつに「うどんは1番ホーム」というのがあります。

私がものごころついた頃から、常識になっていました。

全国区の週刊文春の記事になったほどでした。取材の結果、「広島駅構内の全てのうどん店は、経営、麺、汁、天ぷら、調理師の採用、全てが同じなので、1番ホームだけ特別おいしい理由はない。」とのことでした。

あまりに不思議なので、麺好きの父に「なんで、1番ホームだけおいしいってみんな言うだろうね。」と聞いてみました。すると、「そりゃ、うどんは1番ホームに決まっているじゃないか。」とあいまいな理由です。

確かに私が食べてみても、明らかに味の差があるのです。

新幹線口の地下の立ち食いうどんは、つぶれてしまいました。そして、1番線だけは商売繁盛が続き、今では、3倍の大きさ、白壁、瓦屋根まで使った、豪華絢爛なうどん店にまで出世しました。

今回も家族で食べましたが、唸ってしまうおいしさでした。










2011/07/23

天職

   
瀬戸の多島美






島から本土へ戻ってきました。

兄は、島の病院で生き生きと働いていました。内科と外科、両方カバーできるので、重宝がられているようです。

この季節、島特有のケースとして、 「カサゴ(毒性の強い魚)に刺された漁師さん」「みかん畑で作業中、熱中症で倒れたお百姓さん」が運ばれてくることが多いそうです。

島の人たちの健康を語る兄は、本当にうれしそうです。

高校時代からずっと地域医療に携わるのが夢でしたが、40年近くたって、ようやくたどりつきました。

奥さんのキャリア、子供たちの受験、進学と、優先順位が高いものが色々あったので、時間がかかりましたが、50歳過ぎて、天職につくことができました。

2011/07/21

瀬戸の島に行ってきます。

広島のお好み焼きは、
カリカリのクレープ状の皮が決め手です。


豚バラが良い味を出してくれる。


麺は別にカリッといためておく、

世界一おいしいB級ぐるめ
広島風お好み焼きの完成!



私には血がつながらない兄がいます。彼は子供の頃相次いで病気で両親を亡くし、12歳の頃天涯孤独になり、我が家の一員になりました。

兄は18歳で東北大学に医学部に入学しました。祖母、両親、私も入学を祝うためにはるばる仙台まで行きました。30数年前は、東北新幹線はなく、東京でまず一泊してから、仙台に向かいました。当時の広島から仙台間は、今のサンディエゴ、広島間よりずっと遠かったです。

高校時代からずっと無医村で働きたいと願っていましたが、京都大学で医学博士を取得し、子供の進学を見守りながら、勤務医として頑張ってきました。

子供が巣立ち、ようやく40年来の夢がかない、この7月から広島の島の病院に赴任してきました。

今日から両親、息子の4人で、島に応援団として駆けつけます。 兄は、病院内を案内してくれるそうです。夜は、島の民宿で酒盛りです。




2011/07/20

マルチタスクな子供会 (2)

集会所の入り口にあるスローガンがすごい。
これを読んだ子供の何人が改心してくれるだろう?

世界史好きな息子から
「これはプロパガンダなの?」と聞かれ、
母は返答に困ってしまった。


この状況で国際交流は厳しいかも。


異世代交流は軽くクリアー







息子は朝の7時半過ぎに、参加賞の缶コーヒーとウーロン茶をもらって帰って来ました。

1.ラジオ体操
2.清掃奉仕
3.異世代交流

まではクリアーできたそうですが、

4.国際交流

までは、どうも到達できなかったようです。

せいぜい、「アメリカの学校って秋に始まるんだってね。」とインテリで有名なおじいさんが聞いてくれただけだったそうです。

老人会長さんの思いはかないませんでした。

アメリカの現地校のコミュニティーサービスの所定の書式に、プログラムの責任者のサインが必要なのですが、「わしゃ、イングリッシュの名前は、よー書かんで。」と緊張してしまったそうです。「漢字で結構です。」ということで、サインをもらいました。

とりあえず、めでたし、めでたし。

マルチタスクな子供会 (1)

日本の原風景

水田



息子は明日は6時起床で、おじいちゃんと子供会のイベントに参加します。

昔から、日本の子供は夏休みにラジオ体操がお決まりでした。

ところが、このごろの子供は忙しいので、ラジオ体操をどうせするなら、他のイベントも組み込もうと、ラジオ体操の会場となっている町内会の集会所の庭の清掃を老人会の人たちと一緒にやり、体操をし、その後、老人会の人たちが差し入れしてくださった、冷たいジュースをごちそうになり、
少し交流して、帰宅します。

そうすることで、

1.ラジオ体操

のみならず、

2.清掃奉仕

3.異世代交流会

までカバーできてしまうのです。

息子は、小学校の頃からここの子供会で色々お世話になっているので、高校生になった今でも、祖父のお伴で清掃ボランティアをして、小学生とラジオ体操をしています。

何と、今年は老人会の会長さんから頼まれて、草取り中に小学生と英会話で話して、

4.「国際交流プログラム」

をしてほしいと依頼がありました。

このごろは、小学生でも英会話を学校で学ぶので、生の英語を聞かせてほしいのだそうです。

たかだか1時間のイベントで4つも行事をこなす、てんこ盛り状態に驚いてしまいました。

息子は、「草取り中に日本人の小学生と話す英会話」のコンセプトが理解できなくて、困惑しています。おじいちゃんからのアドバイスは、「どうせ何を話しても、わからないだろうから、一方的に英語の挨拶でもしとけば、みんな満足するだろう。」でした。

国際交流のハードルは高いです。






2011/07/19

実は、私と息子はラッキーだったらしい

広島は川と橋の街です。

原爆ドーム

アメリカから日本に戻ると、しばらく超早起きになるので、ブログを書くことにしました。

日本の台風は、思ったより被害が大きいようです。昨日の羽田発広島行きの始発便で私たちは帰ってきましたが、着陸前、まるでマジックマウンテンのジェットコースターなみのスリルで、冷や汗をかきました。

その後のフライトは全て欠航になっているので、なんとかたどりつけてよかったです。

強い雨、風を伴っているので、被害が心配されています。早く台風が去ってくれればいいのですが。


日本滞在中、ガーデニング(墓所清掃、墓石磨き付き、)スイーツショッピング(ご供物)、友人訪問(お悔やみ、お見舞い)ファミリーりユニオン(法要)と、敬老系イベントが目白押しです。

日本にやってきました









早朝の羽田空港に到着しました。入国審査場、荷物の受け取り、すべてががらがらで、スムーズでした。

台風が近づいているので、あまり暑くありません。羽田発の九州方面行きのフライトはすべてキャンセルされていました。

広島行きは、かろうじて運航されていました。ところが、広島駅からのローカル線がダイヤが乱れていました。

最後の最後で、苦労しましたが、なんとか両親の家にたどりつきました。

2011/07/17

サンディエゴ、しばしの別れじゃ!

墨絵のような夕方のサンディエゴ湾



今日から日本に一時帰国します。17日の夜サンディエゴを出発し、19日の朝実家の広島に到着という、不思議な旅程です。得したような、損したような、複雑な気持ちです。

昨日の、ぽーとジュニア「警察官による安全教室」も素晴らしかったです。子供たちが家を離れ、開放感で陥りやすい危険、ドラッグの罠、Identity Theftのからくりを詳しく学びました。親の参加者は、「子供を巣立たせるのが怖くなった。」と一様に蒼ざめてしまいました。

今度、時間があるときに、議事録を書きますね。

日本にいる人が、「ものすごく暑いから、覚悟しておいで」「先週、ジャカルタから日本に帰ったけど、日本のほうがずっと蒸し暑くて、驚いた。いまや、日本は世界一暑いよ。」とみんなが警告してくれるので、帰る前から不安です。

2011/07/16

Lighthouse がパワーアップ


ロサンゼルスとサンディエゴで月に2回配布されているコミュニティーマガジン「ライトハウス」がパワーアップしました。

特に、コラムが強力です。

新コラムニストの1人目は、うちの息子をはじめ、補習校の多くの子供がお世話になっている教育コンサルタントのサンノゼ在住原田誠先生です。

もう1人の新コラムニストは、ニューズウイーク日本版や、NHK「クールジャパン」でおなじみの政治ジャーナリストのニュージャージー在住冷泉彰彦先生です。

まるでアメリカ東西、知の競演のようですね。

新しいコラムは8月からスタートです。


記事にも力が入っています。最新号の特集は「難関米大学入学への道 親子二人三脚インタヴュー」です。

雑誌はウエブで全てのページが読めるようになっています。

サンディエゴ ライトハウスで検索してみてください。けっこう読み応えありますよ。

2011/07/15

のんびりした夏休み

蜂が群がっている


サボテンの花


例年夏は、一日も無駄がないようにと、びっしり計画を立てていましたが、今年はのんびりしています。カウンセラーの先生からの、「考えるための時間をたっぷり子供に与えるように」というアドバイスに従っています。カレンダーの升目にびっしり予定を埋めないと、損した気分になる私としては、このアドバイスがストレスの元となっています。

私自身は、ゆっくり、のんびりするのが大好きなのですが、息子や夫がのんびりしていると、「こんなことしてる場合じゃないでしょ?」と不安になってくるのです。(自分勝手ですね)

朝だけは、現地校の来年のAPクラスの宿題やSATの勉強をしますが、午後からは、車を運転して(もちろん、私も横に座って、監督しているけれど)遠くにある図書館で本を借りてきて、家で読んだり、ジムで運動をしたり、オンラインコースでプログラミングを習ったりと、自分の好きなことだけして、のんびり過ごしています。

プログラミングは楽しいので、まさに寝食を忘れて熱中しそうなので、夜適当な時間に寝るように注意しています。息子は寝たはずだと思っていると、実はトイレに隠れてとんでもない時間に本を読んでいたりするので、油断も隙もありません。

泊りがけのキャンプのカウンセラーをすると、拘束時間が長いので一週間で100時間近くのコミュニティーサービスがもらえてお得なので、今年もぜひ参加させたかったのですが、親知らずを4本抜いて、体調がよくなかったので、結局家で過ごすことになりました。

息子は、子供たちの面倒をみるのが好きなので、少し残念そうでしたが、「来年もチャンスがあるから体調不良のまま、抗生物質を飲みながらの参加はやめたほうがいい」と説得しました。

結果的には、それもよかったようです。

日本に行くと、アクティヴィティ満載なので、アメリカにいる間は、好きな本を図書館で借りて、ゆっくり、読みふける楽しみもあっていいかもしれません。

普段はあまりできない、「簡単お料理教室」「家事101」も時々開催して、一人暮らしに備えています。

というわけで、我が家はこの夏、かつてないのんびりとした、夏休みを送っています。息子が深く何かを考えているか……その気配は全くありません。(トホホ~~)

2011/07/14

バイオのセミナー (1)



先月、ぽーとジュニアでバイオのセミナーがありました。研究者の先生、学生さん3人からお話を伺いました。

バイオのセミナーの講師のトップバッターは、ぽーと会のメンバーのご主人でもある、バイオの研究者の先生でした。

日本の大学でPhDを取得され、日本にある外資系の製薬会社の研究所に勤務された後、渡米され、最先端の研究を続けておられます。


1.バイオロジーの多彩なフィールド

一口にバイオロジーと言っても
☆ 遺伝子(分子生物学)
☆ 医学
☆ 海洋生物学
☆ ニューロバイオロジー
☆ 植物
☆ アストロバイオロジー

など多岐にわたっているそうです。

2.キャリアパス

☆ PhDがなければ、テクニシャンとしてのキャリアしかない。(ベンチャー企業を除く)
☆ MS(マスター)を持っていれば、企業でテクニシャンができる。
☆ PhDを持っていなければ、大学で研究はできない。(大学でのテクニシャンという選択肢もある)
☆ PhDをとってから、医師になる人もいる。
☆ 研究者からビジネスに目覚め、MBAを取る人もいる。
☆ 特許弁護士になるケースもある。
☆ バイオとアートのダブルメジャーで、広告業界に就職という道もある。


バイオを学ぶことで、幅広くキャリアのチョイスが広がる可能性があるそうです。

先生は、高校時代は化学の方が、エキサイティングで好きだったそうですが、Organic Chemistry を勉強したくて、薬学部に進学されたそうです。

薬を作ってくれる、有難いカビやバクテリア等の微生物に興味を持ち、研究職に就く決意をされました。毎日が新しい発見で、ワクワクするするそうです。

先生は、日本人バイオ研究者のフォーラムも主宰されており、後輩の育成、ネットワーク作りにもご尽力くださっています。

2011/07/13

バイオのセミナー (2)

実験用の薬品


講師の2人目は現役のUCSDの学生さんのSさんです。9歳の時に、お父様のお仕事でニューヨークに引っ越して来られました。

ぽーと会のほとんどの子供たちも、親の駐在で幼い頃に渡米して、Sさんと経歴と似ているので、みんな真剣にお話しを聞いていました。

Sさんは、高校時代の話もしてくださいました。GPAやSAT スコアーも結構よかったこと、夏にお泊りキャンプのカウンセラーを続けていたので、コミュニティーサービスのポイントも高かったそうです。

西海岸に来たのは、ご本人に言わせると、「結構いい加減な理由」で、「広くて天気が良い」からだそうです。

バイオの勉強がしたかったので、バイオで有名なUCSDを選ばれました。

州外の大変高額な学費になり、ご両親に負担をかけています。

大学生活は、充実していて、勉強以外にも、スポーツ、研究室でのボランティア、日本人学生会のネットワーク等、忙しい毎日を送っているそうです。

高校生へのアドバイスとして、

1. 後悔しない生き方をすること

アメリカで育つと、チョイスが増える一方で悩みも多いが、後で自分が後悔しないように、納得できる生き方をすること。


2. 友達、ネットワークを大切にすること

競争率の高いラボのボランティアのポジションをコネでようやく手にいれた自分の経験からも、ネットワークは大切。

UCSDの日本人学生会が力を合わせ、日本の震災被害者への募金も200万円集めることができた。いざと言う時、仲間で力を合わせると、パワーになる。

3.大学で友達を見つけるコツ

大学が始まってから、最初の一週間が勝負。早く友達を見つけ、その友達の友達(同じ高校出身者等)にも輪を広げること。

2011/07/12

バイオのセミナー (3)

学生用実験室

3人目のスピーカーは同じくUCSDでバイオを学んでいるAさんでした。

現在3年が終わったばかりで、専攻はバイオエンジニアリング、バイオテクノロジーです。

大阪出身で、中学卒業後、単身シンガポールのインターナショナルスクールに留学され、その後、渡米、コミュニティーカレッジからUCSDに編入されました。

専攻をバイオに決めた理由は、子供の頃から理科が好きで、宇宙飛行士になるのが夢だったからだそうです。

極めたいと思うようになったきっかけは、iPS細胞の山中教授の研究でした。「移植」「薬」「再生医療」にAさんは興味を持ち、将来はこれしかないと心に決めたそうです。バイオテクノロジーの分野では全米一であるUCSDに編入されました。

今年4月に、サンディエゴで山中教授の「京都賞」受賞記念シンポジウムがSDSUであり、出席したそうです。講演後、勇気を出して山中教授の周りの人垣をかいくぐり、先生とお話をすることができ、先生から「研究室に遊びに来なさい」というお誘いを受けたそうです。

実は、私も当日その会場にいたのですが、山中教授は幾重にも重なった人垣に埋もれ、近寄ることすらできない状態だったので、Aさんの行動力と熱意に驚きました。

Aさんは、将来PhDを取り、日本で働きたいそうです。(企業か大学かはまだ未定)マスターまではアメリカで取り、PhDを京大で取り予定です。

高校生へのメッセージは、

1.好きなこと、好きなフィールドを早く見つけること。

2.幅広い友達を作ること。

3.勉強、遊びをバランスよく。人生を楽しむこと。

4.両立のための、タイムマネージメントをマスターすること。 

2011/07/11

バイオのセミナー (4)


3人目の学生さんは、SさんとAさんが在籍される日本人学生会のメンバーの女性でした。お母様が日本人で、UCSDでは日本語を専攻されているそうです。

ご自分でのスピーチはほとんどありませんでしたが、みんなからの質問に丁寧に答えてくださいました。

会がお開きになってからも、先生、お兄さん、お姉さんたちを囲んで、子供たちからの熱心な質問が続きました。

1人の生徒は、去年現地校の生物がどうしても好きになれなくて、大学で生物を学びたいという夢をあきらめかけていましたが、研究者の先生のお話を伺って、バイオのキャリアに魅力を感じ、思い直すことにしました。

別の生徒は、数日後にUCSDに大学訪問の予定だったので、インサイド情報を学生さんたちからもらっていました。

コミュニティーカレッジからUCにトランスファーするのはとても難しいということで、その内情を聞いている子供もいました。


子供たちは、いつ、どの様な形で日本に帰国したらいいか、いつも悩んでいます。先輩方のお話を通して、「高いレベルでの専門分野の勉強をして」、「バイリンガルであれば」大学レベル、マスターレベル、PhDレベル、アカデミア、企業、専門職、いずれの形でも帰国できると伺い、少しだけストレスレベルが低くなったようです。


子供たちはみんな、目がきらきらしていてとても素敵でした。数年後の自分を想像できて、わくわくしているようでした。

教会の婦人会の方たちがおいしいケーキと飲み物を差し入れしてくださったので、ますます元気になって、先輩たちにお話を伺っていました。

先生、お兄さん、お姉さん、私たちにお話をしてくださって、本当にありがとうございました。

2011/07/09

日英蘭 奇跡の出会い-海に眠る父を求めて

涙が止まらない、感動のストーリー!! 学研から出版され入手が困難だった本がiTuneで読めるようになりました。



日英蘭 奇跡の出会い-海に眠る父を求めて


アメリカ在住の著者・鶴亀彰さんは、還暦を過ぎてから、あるきっかけで太平洋戦争中に日本海軍の潜水艦伊166の乗組員として戦死した父・鶴亀鶴一のことを調べ始めました。その調査の過程で次々と不思議な出会いが続き、今は世界中に恩讐を超えた交流が広がっています。本書はその様子を描いた、感動の実録ストーリーです。

この話は、2005年にTBS「筑紫哲也ニュース23」で2回にわたり約40分の枠で取り上げられ、また著者の伊166の遺族探しの呼びかけのため、西日本を中心とした各放送局、新聞、朝日新聞の「天声人語」、読売新聞の「余響」などで、数多くこの話題が取り上げられました。

◆ ストーリー ◆
太平洋戦争時に敵味方として戦った日英蘭三隻の潜水艦。数十年後、還暦を過ぎた著者が、老後の生きかたを模索するなかで、ひょんなきっかけで知り合った一人の老人の思わぬ好意により、三歳のときに戦死した父の乗っていた潜水艦に関する情報を入手する。それは著者に、さらに深く父について知りたいとの思いを募らせた。そして、父を求める旅に出た著者は、それまでに想像もしなかった人々と出会っていく。父が機関長だった伊号百六十六潜水艦が沈めたオランダの潜水艦K-16の遺族との出会い。そして、父の潜水艦を沈めたイギリスの潜水艦テレマカスの艦長が、なんと生きていた。戦争で父を亡くした世代とその子供たちから、世界中に恩讐を超えて交流が広がっていく様子を描いた、感動のノンフィクションストーリー。

◆ 著者:鶴亀彰さん ◆
1941年鹿児島県生まれ。鹿児島ラ・サール高校を経て、京都外国語大学を卒業。1964年に旅行会社のニュー・オリエント・エキスプレス社入社。1966年、同社の米国オフィス駐在を命ぜられ渡米。1980年にロサンゼルスでカリフォルニア・コーディネーターズ社を設立。日本から米国やメキシコに進出する企業の現地における支援や、米国ハイテク・ベンチャー企業の日本市場進出を手伝う。現在ロサンゼルス郊外、ロミタ市在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

テニー博士

2011/07/08

男の子がはまる雑誌 ポピュラーサイセンス、 ポピュラーメカニックス

息子が毎月最新号を楽しみに待っている雑誌です。

サイエンスの方は、テクノロジーの話が満載で、隅々まで読んでいます。ついつい欲しくなるような、デジタルグッズの紹介、宇宙開発、バイオテクノロジー、軍事、海洋学、なんでもありです。

メカニックスの方は、元々日曜大工を趣味とする人のために発刊されたものなので、お道具系コレクション満載です。最新鋭のトラクターの詳細が特集されていたりします。

2011/07/07

冷凍食品製造工場



先週から、我が家の台所は、給食センターか、冷凍食品工場のようでした。

もうじき、息子と私は3週間日本に帰ります。夫は仕事があるので、お留守番です。

料理が全くできない夫のために、夕ご飯とお弁当のサンドイッチを冷凍保存します。

今年の夕食のメニューは

● スパゲッティーミートソース

● ドライカレー

● ちらし寿司

● メキシカンチリ

● ハンバーグ、マッシュポテト

● 炊き込みご飯

です。

このメニューを見ただけで、夫が味にはうるさくない人であることが皆さんにわかってしまいますね。

我が家のガレージには、大型冷凍庫があるので、大量の食料を保存することができます。

あとは、扉にメニューと地図(何番目の棚に何が置いてあるか)を貼り付けるだけです。

私って、なんてよくできた妻なんだろう!!!(自画自賛)

季節性の鬱


冬になるとあたり一面銀世界になります。





昨日、ロビーが地下室に住んでいるので、冬に鬱になるのではないかと心配だと書きました。

実は、私もミネソタに移り住んだ最初の冬、鬱にかかったことがあります。当時息子はまだ1歳のお誕生日を過ぎたばかりでした。購入した家に入居できなかったので、短期用のアパートに住んでいました。夫は出張でほとんど家にいることはなく、新しい町で友達もまだいませんでした。雪に埋もれた毎日で、孤独に過ごしていると、頭がおかしくなってきそうでした。

幸い、夫の出張のお陰で、マイレージがあったので、思い立ったら吉日とばかりに、カリフォルニアに飛んで子供とディズニーランドに行って、太陽光をたっぷり浴びて、海を見て、1週間すごしているうちに、すっかり元気になり、事なきを得ました。

次の冬からは、アンと毎日子供たちにそり遊びをさせたり、雪かきをしたり、雪の楽しみ方もわかってきました。

ミネソタの人は、10月末から4月までの長い冬を、家族と過ごす感謝祭、クリスマス、2月南(フロリダ、ハワイなど)へバケーションに行くことで、なんとか乗り切っています。半年の冬を生き抜くために、ブレーク (休憩時間)を何回か入れて、区切っています。

お正月が終わると、すぐに2月、3月のバケーションの計画を立てはじめませす。

それと同時に、家の日当たりのよい場所に、球根を植え、春前に家の中が花いっぱいになるようにします。

そして、2月のバレンタイン、3月のイースターを派手に祝い、家を飾りつけ、ドアにリースを掛け、見た目も派手にして、楽しみを増やすようにしています。

又、鬱にならないための特別なランプを買い、一日に3時間はそれを浴びるようにしている人もいました。


このように、主婦は長い冬を乗り切る智恵が満載ですが、学生たちはどのように乗り切るのか、気になります。息子は、今のところは「豪雪地帯には慣れているから平気」と思っていますが、10年以上南カリフォルニアに住んで、スポイルされているので、大丈夫かなあと、ちょっと心配です。

2011/07/06

学生用住宅

大学の近くにある学生用住宅


ロビーは、大学1年の時は学生寮、2年の時は学生用アパート、そして学期が終わった5月から民間の住宅に引っ越しました。


大学からスケートボードで10分ほどのところにある築60年の6ベッドルーム、3バスルームの家を6人でシェアしています。通常のベッドルームは4つで、地下室を改造して更に2部屋作ってあります。地上にある部屋は8畳くらいの大きさがあります。地下の部屋は20畳と2倍以上の広さです。

ロビーはこの物件を大学のハウジングオフィスで見つけたそうです。スタートが早かったので6部屋のうちどれでも選べましたが、部屋の大きさと静かさで地下室を選んだそうです。

お母さんのアンとロビーに連れられて地下室に行きましたが、その暗さに驚きました。しかもすごく湿気が多いので24時間体制で除湿機をつけていなければならないそうです。

3年ミネソタに住んで4回厳しい冬を体験した私としては、地上にいても鬱になるのに、じめじめした地下室に住んでいたら、精神衛生をどう保つのだろうかが心配です。

アンもご主人のミックもそのことをとても心配して、毎週金曜日、ロビーを迎えに来て、週末は家で過ごさせるようにしているそうです。

実家には大型洗濯機、乾燥機があるので、あっという間に一週間分の洗濯物が仕上がる上、食料品ももらえ、ペットの犬と遊べるので、ロビーも喜んで実家に帰ってきます。

地下の居住環境を改めてもらうよう、お父さんはロビーを連れて大家さんと色々交渉してくれました。そのお陰で、除湿機も取り付けられ、二重窓、壁の保温材を交換してくれたそうです。

大学生は、独立した生活をするべきで、親が訪ねていったり、子供の生活には口を出さないものだと考えていましたが、アンの家族を見て、家を出て行ったからとすぐに目と手を離してはいけないことに気付きました。

又、子供が家にいる時から、「家族と時間を過ごすのは楽しい」と思える環境を作っておくこと、「いざとなったら親に相談すると必ずよい答えを導いてくれる」と子供が思える信頼関係を築いておく大切さを学びました。

2011/07/04

男の子がはまる本  ハンガーゲーム シリーズ

















息子が今まで読んだヤングアダルトカテゴリーの中で一番好きなシリーズだそうです。

日本のバトルロワイヤルのストーリーににサイエンスフィクション、政治ドラマの要素を加え、さらに人生の意味を深く考えさせてくれるそうです。


近所の図書館のティーンのための読書会でも、新作が出るたびに、課題図書に選ばれています。借りたい子供がいつも何十人待ちで、最低3ヶ月は待つそうです。

息子は、待ちきれなくてハードカバーを買ってしまいます。2時間で読み切る薄めの本なので、コストパーフォーマンスが悪いなあと、親としては、少し残念です。

おもしろいことに、子供が夢中で読んでいるのを見て、お母さんも試しに読み始めて、はまった人が周囲に何人もいるので、私も読んでみようと思っています。

後ろ歩きのガイドさん




「大学公認逆さ歩きの名人」
というバッジをぶら下げているガイドさん





キャンパスツアーに参加すると、どの学生ガイドさんも後ろ向きに歩いて私たちを案内してくれます。


キャンパスはでこぼこしていて、カーブ、段差も多く、見ている方がヒヤヒヤします。大学によっては、急な坂道もあり、思わず「もう結構ですから、普通に歩いてください。」と言ってしまいそうです。

「ガイド応募のオーディションの時に逆さ歩きのテストもあったんですよ。私は得意なんです。」と言うガイドさんもいました。


「よどみなく、大学の概要を伝える」「即座に質問に答える」「笑顔を絶やさない」など、逆さ歩きのほかにも、同時進行で色々こなさなければいけないガイドさんの仕事は大変だと思います。

どのガイドさんも、自分の大学が大好きでこのアルバイトをしているので、熱く学校のことを語ってくれます。専攻科目のこと、教授とのやりとり、寮での生活、卒業後の予定、それ以外で熱中していること (スポーツ、クラブ、インターンシップ、海外交換プログラム)など、つきることがありません。



2011/07/03

超 お役立ちサイト 「アメリカ大学生 親の会」

野バラ


みさきさんという方が運営されているサイトで、数年先が見えなくて困っている私の質問にみなさんが、丁寧に答えてくださり、本当に助かっています。

http://group.ameba.jp/group/16rHjkuC6YvJ/


参加するには、みさきさんのテストに合格しなければなりません。

とても難しいテストですので、覚悟してください。(冗談です)


このサイトのお陰で、大学入学後の生活ぶり、卒業するまで、どのようなタイムラインで進めていくのかが少し見えてきました。先輩方のお知恵にただただ脱帽です。

ご自分のブログをお持ちの投稿者の方も多く、そこにお邪魔させていただくと、さらに世間が広くなります。

大学訪問後のカウンセラーの先生とのカンフェレンス (1)



久しぶりに、息子のカウンセラーの先生とスカイプでカンファレンスをしました。

大学訪問をする前に、各大学のメモを取ることができるように、書式をメールで送っていただいていたので、訪問大学数だけコピーして持っていきました。

記入事項は、

1.大学の名前
2.場所
3.訪問日
4.その大学で会った人 (学生ガイド、アドミッションオフィサー、教授)
5.キャンパスの施設で印象的だったもの(スポーツ、コンピューター、図書室、カフェテリア等)
6.キャンパスライフ (自分には合っているか?)
7.アカデミックな環境 (専攻、自分の学びたいことと一致しているか?)
8.この大学のどこが一番気に入ったか。
9.この大学で気に入らなかったこと。
10.この大学で特に印象深かったこと。
11.総合評価 (1から5まで)

この書類を前日にスキャナーで息子が先生にお送りしておきました。

先生とのスカイプカンフェレンスは、カメラがあればもっとリアルでしょうが、我が家にはまだないので、スピーカーフォンでやっています。



2011/07/02

大学訪問後のカウンセラーの先生とのカンフェレンス (2)

キャンパスにある古めかしい天文台
現役で活躍しているそうです。

まず、先生から息子へ、一つ一つの大学の印象について、詳しく聞き取り調査があります。

その大学のどこが好きであったか?。その大学のオファーしているコースのどこに惹かれたか?キャンパスのある場所はどうであったか?ごはんはおいしかったか?(食いしん坊の息子にとっては、とても大切な要素です)息子が興味を持っているコンピューターの施設の充実度はどうなっているか? 

それぞれの大学の印象を聞き終わった後、他の大学と比べての印象、最後に7校回ってみて、どの大学が一番好きだったかという質問がありました。

息子が最高レベルの5をつけた大学が2校ありました。

その理由は、

1.自分がやりたいコンピューターサイエンス、メディア、映画製作が同時に学べる学科が新設された。

2.学生を1年生の時から、独立した大人とみなしてくれる。


3.学生を見ていると、勉強と遊びの境がないくらい、勉強が楽しそうに見える。

からだそうです。



最後に、地域的なこと、つまり中西部の田舎で耐えられるか、厳しい寒さ、大雪に埋もれる生活は大丈夫かという質問がありました。

息子は、元々そこに住んでいたし、ベストフレンドとその家族、いとこ、おじさんおばさんが近くにいるので、その点は問題ないそうです。中西部に住んでいる人は、満足度が高いので、引っ越す可能性が低いので、頼りになります。


P.S.

昨日のブログに書いた、大学訪問のための記録用紙はここからダウンロードできます。





2011/07/01

大学訪問後のカウンセラーの先生とのカンフェレンス (3)

友達のアンの家の裏庭に毎日遊びに来るダック夫妻

夏前と比べ、息子のやりたい分野が更に明確になったように思えます。

大好きなコンピューターゲームのほかに、今までは、てんでバラバラ気の向くままに活動していた新聞部でのコンピューターを使った編集の作業、発明クラブでのウエブデザインの経験、などが一つにまとまって大学で学問としてオファーされていることがわかり、本人はとても喜んでいます。

カウンセラーの先生との話し合いの中で、自分は10人未満の小さなクラスでディスカッションをしたり、研究をするほうがあっていることも確認できたみたいです。

今の高校のクラスでもそうですが、小さなクラスで尊敬できる先生から丁寧に指導される喜びを息子は大切に思っていることがわかりました。

親の方でも以前からリベラルアーツカレッジに進学して欲しいと思っていたので、良かったです。

専攻に関しては、息子が11年生になってからもっと煮詰めていかなければなりません。