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2011/05/31

ミネソタの卵売り



美しいミネソタ州
四季折々、迫力のある自然の美しさがあります。
人はぶっきらぼうだけど、親切で、暖かいです。


私たち家族は、息子が1歳から4歳まで、ミネソタ州に住んでいました。そこでの暮らしの様子は、又別の機会に書きたいと思います。本当に楽しかったです。当時のご近所さんたちとは、今でも行ったり来たりして、一緒に遊んでもらっています。

当時とても不思議だったのは、日本に里帰りして「私がミネソタに住んでいる。」と言うと、必ず、「新鮮な卵が食べられるんでしょう?」「卵は安いの?」と一定年齢以上のおばさんから尋ねられたことです。

そして、決まって「ココココ、コケッコー」と変なダンスと共に歌い始めるのです。なぜか60歳以上限定の行動でした。延々と当時の(昭和20年代後半の)思い出話に花が咲くのです。

あまりに、その話を聞きすぎて飽きてきたので、後半は、おばさんたちが「ミネソタの卵」関連の話を始めると、「おばさま、年がバレちゃいますよ。」と言って、牽制しなければならないほど、卵売りの話題はつきないようでした。

私がミネソタに住んでいた時には、一度も鶏舎を見ることはなかったし、特に卵の値段が安かったということもなく、なぜ、こんな歌が40年前に日本で流行ったのか理解できませんでした。

ある時、物知りで知られる友人のお父さんに「ミネソタと卵はどういう関係があるのでしょう?」と伺ってみました。

そうすると、さすがになんでも博士のお父さんだけあって、即座に次のことを教えてくださいました。

1.ミネソタは、豪雪地帯であり、四季を通じて寒暖の差が激しい。その気候は麦作りに最適である。だから、昔からミネソタは小麦の産地として有名である。

2.日本も昔からビール作りのための麦芽をミネソタから輸入している。

3.小麦を作るためには、ふすまを取り除ける必要がある。

4.ふすまが大量に余るから、廃物利用として養鶏業がさかんだったのではないか。

ということでした。なるほど~~~~! メイク センスしますね。

今でも、小麦の生産は続いていて、世界一の穀倉地帯であることには変わりはありませんが、養鶏業だけどうして廃れたのかまでは、答えていだだけませんでした。

「ミネソタと卵の関係がわからない。」と悩んでいる人がいるといけないので、ブログに書くことにしました。(え? 悩んでる人なんていないって?)







P.S.

なぜ、藪から棒に私がミネソタのことを書いたんだろうと、疑問に思われた方へ、



来週、大学訪問のために中西部に行きます。旅程をチェックしていて、うっかり、卵売りの謎を思い出してしまいました。

ついでに、友人に息子さんが通う大学にも連れて行ってもらいます。

中西部は、素晴らしいリベラルアーツカレッジがたくさんあります。息子がそこの大学に行ってくれると、私が又友達にちょくちょく会えるので、都合がいいです。息子よ!頼むから、ミネソタの大学に行ってくれ!!

帰ってきたら、又報告しますね。

2011/05/30

教育コンサルタントの先生を見つけるまでの長い道のり (1)

数日前のロバのパン屋の動画のせいで、
メロディーが頭の中をグルグルするわ、
チョコレート蒸しパンは作るわで、
すっかり、ロバパンにはまってしまった方からの写真です。



以前にも書いたように、息子は今年から教育コンサルタントの先生から指導を受けています。


何年もかけて、色々なコンサルタントの方にお会いしましたが、なかなか心から信頼できる方が見つかりませんでした。

「この先生は素晴らしい。」と紹介されてお会いしても、そこのお宅の子供には合っていても、息子には合わないケースが多いのです。

原因はいろいろありました。


☆ 日本の予備校みたいに、過去に何人アイビーリーグに入れたかを、子供の名前と写真入で広告塔のように飾っている先生。息子のようにアイビーの器でない子に対しては、極端にサービスが悪くなる。(同じ値段なのに)


☆ 生徒をたくさん取りすぎて、最初のインタヴュー以降は、ほとんどのプロセスをアシスタントに丸投げしている高名な先生。

☆ 料金体系が不明瞭な先生。(基本料金のほかに、細かな追加料金の設定があり、最終的にいくらになるか、答えてくれない。怖すぎて頼めるわけない。)


☆ 激動の大学受験にもかかわらず、古いネタだけで商売をやっている先生。

☆ 息子が補習校に通っていること、二つの文化のバックグラウンドを持つ重みが理解できない先生。(売りの少ない息子にとっては、これをいかにアピールするかで、ずいぶん違ってきたはずなのに、「ただランゲージスクールに長い間通った。」としか理解してもらえない。)


☆ 自分の仕事は、子供を大学(自分の仕事に箔がつく名前のあるところ)に入れるまでと割り切っている先生。(本当は、就職のこと、大学院進学などの、長いスパンでアドバイスしてほしかったのに。)

☆ 必要以上に親と子の不安を煽り立てる先生。自分に頼まなければ、あなたの子供の将来は暗いというメッセージを送るのが手法かもしれないが、イケイケドンドンすぎて、ついていけない。


もちろん、カウンセラーに頼らずに、自分たちでやる方もいらっしゃいます。

主人の会社の同僚の中には、お嬢さんが11年生の後半から12年生の前半まで、会社を休んで、リサーチ、娘を売り込むための戦略、家族全員のカレッジツアーに専念されたツワモノがいます。


海外出張が多い人で、航空会社とホテルのポイントがかなりあったらしく、お嬢さんのスケジュールに数日休みができると、全米各地を回って、実際に大学を回っていました。

娘を売る込むやり方にも手が込んでいて、芸能プロダクションと広告代理店が合体したみたいだと同僚たちを驚かせていました。


財務が専門なので、ファイナンシャルエイドのみならず、家庭の資産運用、遺産管理など、ずいぶん前から金銭面での戦略を立てていたそうです。

結局その方のお嬢さんは、お父さんの戦略が功を奏し、アイビーリーグの一つに、入学することができました。(めでたし、めでたし!)お姉さんのお陰で、これから先、弟、妹たちもレガシーでその大学に入りやすくなるそうです。なるほど、お父さんが、そこまで頑張ったのは、そういう理由もあるのですね。

「自分は、5万ドルのコンサルタントより綿密な戦略を立てられる。」とお父さんは自画自賛しているそうです。確かに、彼が費やした時間、エネルギーを考えると、そうかもしれません。


我が家の夫が1年も仕事を休んでは、生活が成り立たないし、復職の保証もないし、手をかけて売り込むほどのとりえが息子自身にないということで、とりあえず、細々とできる範囲で、親が手分けをして、リサーチしようと決めました。

私が大学の選び方と申請のやり方、主人が支払い方法の勉強を担当することになりました。

2011/05/29

教育コンサルタントの先生を見つけるまでの長い道のり (2)

私の本棚

アドミガイドブックでいっぱいです。

ここ数年の悪戦苦闘ぶりを窺い知る事ができますね~。


ここまではひどくないけれど、
主人の本棚には、ファイナンシャルエイド関連の本であふれています。



私と主人は、同じアメリカの大学院を卒業しました。私の場合は、友人に学校探し、入学準備やテストの勉強を助けてもらいましたが、主人は全て自分でやったそうです。私は私費留学でしたが、(おじいちゃん、おばあちゃん、苦労をかけてごめん!!)主人は、アメリカの大学、大学院を30個近い奨学金でまかない、自分の出費としては、ほとんでお小遣い程度で卒業しました。(本人が言うには、実力ではなく、家が貧乏だったのでラッキーなのだそうです。)

私は、日本にいる頃、ロータリー財団で海外の大学、大学院で学ぶ方のカウンセリング、大学選び、書類作成のお手伝いをしていたので、息子1人の手続きなんて、簡単だとタカをくくっていました。

1年ほどアドミ関連の本を読み漁り、幾多のセミナーに参加し、頑張りましたが、結果は惨敗でした。


「学校探しは、あまりに複雑で、数字だけでは判断できない。教育の質、教授と学生の関係、息子の才能を最大限生かしてくれる学校などわかるはずもない。ましてや、大学院進学の戦略までは絶対無理。しかも、息子自身が何になりたいか、何が向いているかがはっきりわからないままどうやって大学を探せるのだろう。」と私はすっかり意気消沈してしまいました。

主人の方でも悩んでいました。財務の仕事をしているので、ファイナンシャルエイドの仕組みは早々と理解しましたが、我が家の経済状態では、よほど子供が賢いか、スポーツができるか、なにかしら華々しい売りがないと、スカラシップは望めないとがっかりしてしまいました。


貧乏でもなく、金持ちでもないわが家の年収で私立大学に年間5,6万ドルを4年間払い、その上大学院まで進ませるのは、不可能です。

運よくUCに入学できても、今や決して安くあがるわけではありません。



日本の大学は学費が安いし、帰国枠で名前のある大学に入りやすいと、夏に帰るたびに、オープンキャンパス、体験講義を子供に受けさせたりした時期もありました。


しかし、もともと勉強嫌いで安きに流れやすい息子がこの環境に入ると、4年間アルバイトとコンパ(これって死語ですか?)に入れあげて、学問に打ち込むというチャンスがないまま、卒業するのではないかと心配になってきました。

しかも、息子本人も学食がおいしかったという以外、日本の大学に惹かれている様子が全くないのです。


親の収入も子供の実力も中途半端な我が家にとって、子供を大学に進学させる道はあるのだろうかと、ため息が出てきました。

2011/05/28

教育コンサルタントの先生を見つけるまでの長い道のり (3)

5月から9月までは、庭のブーゲンビリアがきれいです。



紆余曲折の末、日本人コンサルタントの方に息子のコンサルテーションをお願いすることにしました。

先生のお名前は以前から、色々な方から伺っていましたが、遠方にお住まいであること、口コミで枠が早く埋ってしまうので、我が家では無理だと諦めていましたが、運よく息子のカウンセリングをお願いできることになりました。

コンサルタントの先生がクライアントにしてくださるサービスを大まかに分けると

● キャリアゴールと目標設定

● 子供にあった大学探し

● エッセイ指導

● 合格通知からベストな大学選び

です。


今までのところ(過去4ヶ月)、先生に息子と私たち親がして頂いたことは、


● テストをして子供の性格、勉強スタイル、興味のある分野を判断してもらう。



● 息子がどれだけ大学進学に対して心の準備ができているか判断してもらう。(結果は、まだ全然できていないということでした。トホホ~)

● 子供、親との面談。

● 来年度の履修科目のアドバイス

● 夏休みの活動へのアドバイス

● 大学訪問へのアドバイス

です。

今まで実際にお会いしたのは、2回だけで、あとは月1回のスカイプカンフェレンス、それ以外に質問があれば、メールか電話で伺うことができます。

先生のクライアントは、他の州や日本に住んでいる人も多いので、我が家のようなやり方は、珍しくないそうです。

8月に補習校でもセミナーがあるので、その前後に時間を作っていただく予定です。やはり、一回でも多く、先生に直接子供がお会いできるのはありがたいです。


この夏、家族で10日間中西部へ大学訪問をする予定です。母親は、リベラルアーツカレッジが子供に向いていると決め付けているので、同じようなタイプの大学ばかりを選んで、プランを組みました。

ところが「11年生の前の夏休みの段階で、絞り込むのは早いので、タイプの全然違う大規模な総合大学も訪問した方が、子供が比較できていい。まだ早いと思っても、インタヴューをオファーされている場合は、受けておいてもよい。」というアドバイスを頂きました。

なるほど、そうかもしれないと、若干ルートを変更しました。


子供に課せられた宿題は、訪問した大学一つ一つに対して、レポートを書き、先生がそれを読まれた上で、秋に第一回目の大学のリストアップをしてくださるそうです。

その後、カウンセリングを重ねる中で、シニアになる前の夏休みに、大まかな大学選びがなされることになります。

興味深いことは、性格テストを通じて、親が見えていなかった、子供の性格、勉強スタイルを先生から指摘していただいたことです。

息子は、お調子者で、誰とでも仲良くでき、あまり物事を深く考えるタイプではないと親は思っていました。しかし、先生がおっしゃるには、息子は本を読んで自分でじっくり考えて、自分のペースで深めていくタイプなのだそうです。息子のどこに「思慮深さ」が潜んでいるのか、今でも半信半疑ですが、そうのうち姿を現すのでしょうか?







2011/05/27

教育コンサルタントの先生を見つけるまでの長い道のり (4)



一年中咲いている極楽鳥






コンサルタントの先生にお願いするようになって、一番の変化は、親と子のストレスが減ったことです。学校の勉強のこと、受験のことは、親にとっては一番の関心ごと、最も大切なことですが、子供にとっては、親と(特に母親と)一番話したくないトピックです。

親は、真剣なるがゆえに、感情的になるので、子供のほうでも防衛のために、勉強関連の話題が出そうになると、耳に自動ロックがかかり、一切受け入れなくなります。

「子供の成長をゆっくり見守り、子供の良いところを探そう」ということも頭ではわかっていても、普段の生活では、反抗的な息子の態度、生意気な口のききかた、ゲームをやめない、などなど、良いところを見つけられないまま、山のような息子に対する不満が爆発寸前でくすぶっています。

反抗期と受験が同時期に重なるというのは、何と言う不幸なことだろうといつもため息をついていました。

第三者のコンサルタントの先生に入っていただいたことで、緊張がやわらぎ、風通しがよくなったので助かります。

又、女の子と比べ精神年齢が幼い男の子の心の成長を見守り、必要な時期に、適切なガイダンスをして頂けるので、「私が16歳の時には、もっと□□□□だったのに!」などと意味のない比較して、いらいらすることが少なくなりました。

友人の子供さんは、我が家と違い超優秀でスターアスリートで、うらやましいの一言なのですが、それでも同じ先生から指導を受けています。優秀な家にも、それはそれで、葛藤があったらしく、彼女と私は、コンサルタントの先生にお支払いする指導料を「家族崩壊を未然に防ぐための必要経費」と呼んでいます。

反対に、先生が絶対してくださらないことがあります。

それは、親が事前に根回しして、先生の口から、いかにも先生のお考えのように、子供に諭してもらうことです。この点は、他のお母さんたちも口をそろえて、「私たちの思い通りにやってくださらなくて、残念だ~~~!」とブツクサ言っています。

たとえば、親が「先生、子供には、そろそろスポーツをセーブして、勉強に身を入れるように言ってやってください。どうせ、スポーツで身を立てるわけではないので、ディヴィジョンIIIで入れればいいわけですから。」「来年度の履修科目は、こういうラインナップが将来役立つでしょうから、(と親は考えている)子供を説得して、変えるよう仕向けてください。」などとお願いしても、先生は「はいはい。」と一応聞くだけで、子供との話し合いの中では、流れが違っている場合が多いのです。

スポーツのお子さんなどは、先生と話し合ったことで、ますますディヴジョンIを目指したいと決意を新たにしてしまったと、お母さんは腰を抜かしていました。

あくまでコンサルタントとして、生徒の考えを尊重し、子供の精神的な成長、子供の持てる素質を見極めた上で、子供が自ら考え抜く練習を積ませようとされているのでしょう。

補習校に通わせる親は、程度の差はあれヘリコプターペアレントなので、今までずっと子供の代わりにデシジョン メイキングをしてあげていました。

二つの学校のカリキュラムに加え、アクティヴィティをするというのは、試行錯誤の時間の無駄が許されないという特殊事情もあり、いつも最短でよい結果を残せるよう親が道慣らし、事前調査を重ねてきました。

先生は、その悪しき風習を断ち切り、子供が自分のことは自分で考え、親は子離れするようにトレーニングされているのかもしれません。あえて失敗もさせて、その失敗から学ぶ大切さを先生は私に対してはよくおっしゃいます。子供が失敗しないように、いつも先手を打って準備してきた私には、辛い試練です。

今まで、補習校に押しかけて行っては、「先生、親が言っても聞かないので、先生の口からバシッと叱ってやってください! 説教してやってくださ!」とお願いしていたのとは、様子が違ってきました。


2011/05/26

教育コンサルタントの先生を見つけるまでの長い道のり (5)

ジャカランダの花は荘厳で圧倒されます。
桜と同じように、あっというまに散ってしまうのが残念です。


なぜ、この日本人の教育コンサルタントの先生にお願いしたかという理由ですが、大きく分けて三つありました。

1.アジア人カテゴリーの中で、息子が自分をアピールするため、綿密な戦略が必要であった。

UC等の公立、USCなどの私立両方で、比較的競争率の高いといわれている大学では、超優秀なアジア人がひしめき合っています。運の悪いことに、息子は、そのスーパースマート、スーパーミュージシャン、スーパーアスリートのウルトラスーパーアジア人学生のカテゴリーの中に、十羽一からげにされてしまい、全てにおいて、見劣りするプールに追いやられています。苦戦が予想される息子には、各大学のアジア人枠の特殊性を把握し、数少ない息子の長所を公平に判断し、それぞれの大学に効果的に売り込む必要がありました。


2.息子が自分自身で将来のプランを決めるために、日本と世界の情勢をよく見極められるよう、判断材料が必要であった。


最終的には、息子自身が、どこで学び、どこで働き、どこに住むかを決めることになりますが、その判断をするために、正しい情報を与えてやりたいと思いました。子供は目線が低いので、将来を見渡せません。今後の世界、日本経済がどのようになっていくか、それによって企業の雇用はどのように影響を受けるか、10年単位で時代の流れを予測できる方からのアドバイスを求めていました。息子の先生は、戦略系コンサルティングファーム出身なので、あらゆるネットワークを駆使して、日本と世界の動きを正確に読んで、方向性を示してくださいます。


3.日本とアメリカ両方の教育システム、雇用状況を熟知している人からのアドバイスが必要であった。


せっかく、10年以上補習校でがんばってきたのだから、できればアメリカの大学から交換留学で日本の大学に留学したり、インターンシップをするチャンスがあればいいと思います。

また、日本の企業に新卒で就職するのは、「ゴールデンチケット」を手に入れると言われるくらい、研修プログラム等が充実しているので、職歴のないエントリーレベルからスタートする子供たちには大変有難いキャリアパスです。

今は、日本企業もグローバル採用にシフトしつつあり、日本の大学を卒業するより、むしろ海外の大学を卒業してから日本企業にアプライしたほうが、就職しやすいそうです。


どの時期に、留学、インターンシップ、就活をすればいいかというタイムライン、どのように動くかという具体的な戦略を先生から指導していただけるので、楽しみです。

以上が3つが、私たち家族が息子の教育コンサルタントを選んだ理由でした。



これから、折々先生と息子のやり取りの様子をブログで報告したいと思います。

たぶん、読んでいらっしゃるほとんどの方には、わかっていると思いますが、息子のコンサルタントの先生は、サンノゼの原田誠先生です。

この夏は、7月に、ぽーと会主催の2日間のカレッジアプリケーションの集中講座、8月に補習校でのセミナー、個人相談会をサンディエゴでお願いしています。

みなさんも、よろしければ、お子さんとぜひ参加してくださいね。特に秋からシニアになる方は、アプリケーションを夏の間に片付けておくと、秋以降のストレスが違います。

カールスバッドは、サンディエゴから北に20分ほどの、それは美しいリゾート地です。海の見えるホテルもたくさんあります。ご家族で楽しめると思います。


カレッジアプリケーションの集中講座の詳しいご案内は、左のサイドバーの上をご覧ください。

2011/05/24

なんと、サンディエゴに蝉がいる!



ぽーと会のMさんから、たった今送ってもらった、蝉の写真です。


日本の蝉は、暑苦しいけど、サンディエゴの蝉はお花の上に止まって、涼しげで、絵になりますね。


やはり、ジージー鳴くんでしょうか?

2011/05/22

大学の学費についてのセミナー






先週、ぽーと会スピンオフの第3弾として「大学進学の学費」についての講習会が行われました。

講師のN先生は、会計のプロなので、その情報量に一同ため息でした。

7枚びっしりに書かれた先生の手作りの資料を元に、3時間以上のセミナーが行われました。


UCは、年々学費が上がり、カリフォルニアの財政危機の影響で、教授がどんどん解雇され、必要な科目がきちんと履修できません。そのお陰で、卒業までに5年以上かかる場合が多くなりました。

CSUに至っては、6年かかることもあります。

以前は、たとえUC, CSUに入学できなくとも、コミュニティーカレッジに入って2年間よい成績をとれば、トランスファーという道もありましたが、現在では、大変な狭き門となってしまいました。

大学に在籍する年数が長くなると、ただ学費がかさむというだけでなく、4年できちんと卒業すれば、すぐにスタートできたキャリアの可能性も先送りされ、収入にも影響します。それにもまして、待ち時間が長いことで、子供がモーティベーションを失い、大学を続けることすら難しくなるケースが最近増えているそうです。

それならば、教育の質のよい私学と誰もが考えますが、年間500万円もかかり、ハードルが高いです。

N先生は、さまざまな奨学金の種類、ローンの種類の説明、予想される政府からの援助の額、計算の仕方、少しでも多くの奨学金獲得の方法を教えてくださいました。

また、大学の合格通知とともにオファーされる、ファイナンシャルエイドへの折衝のやり方、複数のオファーの比較のメカニズムも学びました。

CSS Profile、FAFSA 申請のための資料の準備は、本当に大変です。早めにこのシステムを理解し、用意しなければなりません。

普段は、お金のことはすべてご主人や、会計士さんに任せていらっしゃるご家庭が多いと思いますが、これを機会に、きちんと家庭内の財政状態を見直す必要があります。

また、お子さんの教育も今後学部だけで終わらない可能性も多いので、(修士、博士号)あまり無理をしないプランが必要です。

N先生のお話を伺って、まず親がきちんと進学に関してのファイナンスのことを知り、早めの準備をしておくことで、数百万円、数千万円の違いがでてくることを学びました。

ジェネレーションギャップ、カルチャーギャップが埋まらない




息子は、自分の主張が通らないと、「マムは日本から来たんだから、アメリカのことはわらないよ。」 「移民船から今降りてきた人みたいなことを言わないで。」「だから、大昔の人は、今の常識が通じなくて困る。」「それは、たぶん恐竜時代の価値観だろう。」などと生意気なことを言って、私をカッカさせています。

ところが、実は私も、ひそかに自分の価値観の古さと、昭和の日本カルチャーどっぷり度の高さを実感することがよくあるのです。(息子には絶対に言わないけれど)

たとえば、ウクレレと聞いて、ジェイク シマブクロではなく、牧伸二をまず思い浮かべたり、アコースティックギターを息子が習いたいと言った時、「貧乏くさいなあ。」思ってしまうことです。

エリック クラプトンでなく、懐かしの4畳半フォークの一節が耳に流れてきたり、銭湯、路地裏、夜汽車をイメージしてしまうのは、致命傷です。

ましてや、パン屋と聞いて、ロバのパン屋のメロディーを口ずさんでしまっては、もう末期症状です。(誰も口ずさんでないって!)



2011/05/21

子供の悪戯ですまないこと (1)




子供が小学生の頃、あるお母さんが「家の子には、アメリカは、たとえ子供であろうと悪いことをしたら厳しく罰するから、決して軽はずみな悪戯をしないようにと家の息子にいつも言い聞かせている」と教えてくれました。

その時は、彼女の言葉の重みを私は理解していませんでした。

それから数ヶ月して、校長先生から電話があって、「お宅の息子さんが作った銃を預かっているから、放課後私に会いに来てください。」と言われました。

いったい何をしでかしたのだろうと、校長先生に会ってみると、子供がいつも家で作って遊んでいた割り箸のゴム鉄砲を渡されました。「この工作は、まことによくできているし、これを本物の銃と間違う人もいないし、怪我をさせることもないとわかっているが、銃は銃。法律で学校内にいかなる銃も許されないと決められている以上、校長として、まず保護者とお話しなければなりません。」ということでした。割り箸にセロテープをとめただけの工作に対してもこれだけ神経質になるのかと、驚きました。

次に、校長先生に呼ばれたのは、子供が中学に入った時で、息子がトイレの洗面所で石鹸の泡を大量に作り、それを見て感動した友人5人が真似をして、洗面所を一面泡だらけにして、滑ってしまった生徒がいたそうです。息子自身は、手を洗って洗面所を出ていたので、滑った子供がいたことは知らなかったのですが、事の発端となった責任を取らされて、一日停学処分になりました。 もし、滑った子供が怪我をしていたら、補償問題とか大変な面倒に発展したかもしれないので、悪戯をするときは、くれぐれも気をつけるようにとアドバイスされました。

もっと深刻なできごともありました。息子の別の高校に通う友人が、事前に先生に許可を得た上で、サイエンスの実験用に家からドライアイスを学校に持って来ました。実験後残ったドライアイスを空のペットボトルに入れ、保管しておきました。別の友人がふたを開け、ポンと音がしたので、高校に常駐していた警官が爆発音とみなし、大きな問題となってしまいました。

「爆発物を学校に持ち込んだ」「テロリストとしての活動をした」などという4つの罪状がつき、裁判になってしまいました。

運の悪いことに、その事件の1週間前に、別の高校で、同じようにペットボトルにドライアイスを入れて爆発させた高校生がいて、(彼の場合は意図的)それを真似たとみなされ、よけいに深刻にとらえられてしまいました。

「化学実験がこのような事件に発展して申し訳ない。」と校長先生は泣いて謝ってくれたそうですが、校内で起きた事件とはいえ、最初から警察が関与していたので、校長先生の出る幕はないのです。

結局、息子の友人は、凄腕の少年犯罪専門の弁護士の活躍と、多くの人の嘆願書や普段からの態度がまじめであったことなどが考慮され、執行猶予付きの判決が出て一同安堵しました。

しかし、一歩間違えば、少年院行きの可能性もありました。少年院は、筋金入りの極道ジュニアの巣窟なので、その中で生き抜くだけでも命がけです。暴力、周囲からの影響力、出所してからも少年院出身という負い目、など、どれほどの苦労があることでしょう。

犯罪を犯したわけではなく、ほんの少し配慮が足らなかったというだけで、このような恐ろしい場所に、子供が入る可能性があるということを、私たちはいつも忘れてはなりません。

子供の悪戯ですまないこと (2)



子供のちょっとした冒険や不注意が一生を狂わせることがあるので、他のケースも書いてみたいと思います。

私の友人のお嬢さんは、優良学区に住み、成績優秀、スポーツ万能で将来を期待されていました。しかし、同じ高校の先輩とつきあうようになり、もともとは裕福な青年が、ドラッグで身を滅ぼすようになり、家を追い出され、ホームレスになり、彼女の車に住み着くようになりました。彼女を車に乗せ、彼がドラッグを売買していたため、彼女もドラッグの売人としての罪を負わなければならなくなりました。

お母さんは、まさか自分の娘が刑務所に入るなどとは想像もしていなかたので、打ちのめされています。「ずっと、よい子だったので安心しきって、子供の変化にあまり気を配っていなかったのかもしれない。」とおっしゃっています。

自分の子供はよい子でも、付き合う友人によって、あっという間に人生を踏み外すことも、私たちは、覚えていなければなりません。


もう一人のケースは、学生ビザでアメリカの大学を卒業した人の話です。自分のアパートで卒業パーティーをしていたら、たくさんお客が来たので、キャンパス内の椅子を借りて、うっかり返すのを忘れてしまいました。

それが、窃盗罪とみなされ、そこできちんと裁判所で弁明して解決しておけばよかったのに、帰国前の忙しさにまぎれ、そのまま日本に帰国してしまいました。その青年は、日本で就職しましたが、アメリカでは前科者とみなされ、駐在員になれないばかりか、新婚旅行でハワイにも行けないそうです。

小さなことにも、きちんと気を配り、対処していないと、大変なことになると、肝に銘じていなければなりません。

大学進学のための準備の手引書 入門編



アメリカの大学進学準備は、本当に仕組みが複雑で、奥が深いです。

あまりに勉強しなければならないことが、多すぎ、どこから手をつけていいかわからない人もいるかもしれません。

とりあえず、この本を読めば、いつ何をどうすればいいかが、大まかにわかるようになっています。

大変わかりやすく書いてあるので、大学進学準備のとっかかりにはぴったりです。

2011/05/20

アプリケーションプロセスのセミナー




ぽーと会スピンオフ第二弾として、アプリケーションプロセスのセミナーがありました。

講師のN先生が、3時間半ぶっ続けで、大変な情報量をカバーしてくださいました。

主なトピックは

☆ タイムライン  

- どの時期に何をすればいいか。

- 各種テスト(SAT,ACT等)のスコアーの提出、注意事項

- 先生からの推薦状の依頼

- 学校の勉強以外の活動のアピールの仕方(スポーツ、ボランティア、リーダーシップ 等)

- 必要なウェブサイト(Common Application, Naviance, NCAA等)への入り方、レジスターのやり方
現地校の成績とのリンクの連動のさせ方

- 起こりうる間違い、行き違いへの対処のしかた

- Early Decision, Early Action、Early Evaluation のコンセプト、戦略

- 各大学のメリットスカラシップの内容をどのように比較するか



☆ 私立大学合格のための戦略

- 私立大学で重要視される、カレッジ訪問、インタヴューの受け方、事前の準備の方法

- エッセイの書き方

- 先生からの推薦状の頂き方での注意事項

- 自分の子供の合格率の大体の目安

- 子供に合った大学の見つけ方

- 各大学のインフォメーションをどうやって集めるか

- アカデミック、アスリート、それぞれの奨学金獲得方法

- 大学のアドミッションオフィサーとの関係の築き方


- 合格率をあげるための工夫

☆ UC と CSUについて

- カリフォルニア州の財政難がもたらした教育への影響、 学生が被っている被害

- 子供たちへのインパクトをどう軽減するか。


☆ 複雑な手続きのオーガナイズのやり方、

- 日程管理、書類管理、手続きミスの事前の確認。

- 子供がすべきことと親がすべきこと

講師のN先生のコンパクトにまとめてくださったお話に参加者は圧倒されてしまいました。事前に用意してくださった資料もすごかったです。


あまりに情報が膨大すぎて、とてもブログに議事録は書けませんが、いつかゆっくり情報をまとめたいと思います。

N先生本当にありがとうございました。

2011/05/19

リストラ警察犬ホッキー


我が家の右隣に住むティムさんは、警察官で警察犬とパートナーを組んでパトロールをしています。

ティムさんは犬を3匹飼っています。そのうち2匹は警察犬としてのキャリアがあります。

9歳のホッキーは、ドイツ生まれのジャーマンシェファードで、警察犬になるために子犬の頃アメリカに移民してきました。ティムさんは、ロサンゼルス空港まで出迎えに行きました。

それから6年、ティムさんはホッキーが立派な警察犬になるために、日夜努力してきました。パートナーとしてサンディエゴで一番危険な地域にもパトロールにでかけていました。

ホッキーは自分は特別な存在なので、近所の住民などには見向きもせずに、私が声をかけようものなら、「怪しい! 逮捕してやる。」と言わんばかりに、大声でうなり声をたてていました。

「警察犬は、ハンドラー(ティムさん)以外には、心を開いてはいけない」と厳しく訓練されているそうです。

ところが、ホッキーには決定的な弱みがありました。どんなに訓練しても拳銃の音を聞くとひるんでしまうのです。ティムさんは、なんとかこの欠点を克服するために、手をつくしましたが、結局ホッキーは慣れることができませんでした。

そうこうする内に、財政難のあおりでリストラにあった若くて勇気のある警察犬ガナーがティムさんの警察署に無料でもらわれてきたので、ホッキーはあえなく早期退職に追い込まれてしまいました。本来なら9歳まで働けたのに、6歳で解雇になり、気の毒に思ったティムさんが家庭犬として引き取ってくれました。

それからは、ホッキーにとって茨の道でした。ついこの間まで自分がパトロールのために乗っていた車にガナーが意気揚々とティムさんのパートナーとして乗り込み、颯爽と出かけている姿をホッキーはニガニガしく見ていました。

家庭犬として以前からこの家にいたベイリーは愛らしく、色々な芸をして家族みんなから好かれていましたが、いまさらホッキーが同じポジショニングを狙うには無理があります。

最近まで警察犬として人間に歯を剥いて威嚇していたのに、リストラにあったからと言って、いまさら「お手」などするのは、プライドが許すはずがありません。

仕方がないので、自分で勝手に「ご近所の保安官」としての役割を見出し、歩道を歩く人、宅配便の人、狸、鳥、小動物全般、すべてに大声で吠えて、コミュニティーきっての鼻つまみ者になってしまいました。

夜中に猫が歩いても大騒ぎするので、睡眠妨害として町内会からもクレームが何度も出ていました。町内会の規定で、迷惑な犬は飼ってはいけないことになっているので、ホッキーはいつ放り出されてもおかしくない状況でした。

私も息子も犬が大好きなので、ホッキーの窮状に胸を痛め、ハンドラーのティムさんと「近所の人と仲良くするプロジェクト」を始めました。

まずは、ティムさんがホッキーをしっかり押さえて、私と息子が少しずつ近づき、「あの人たちはいい人だよ。私の友達だよ。」と教えます。

数ヶ月うちに、歯を剥いて吠えるということがなくなり、3人で雑談をしていても、ホッキーは警戒しなくなり、だんだん私たちの輪の中でリラックスするようになりました。

半年前からは、私や息子が近づくと、喜んでひっくり返り、お腹を見せるようになりました。なでてやるととても喜びます。

近所の人の顔も覚え、その人たちとその人たちが乗る車に対しては、吠えることがなくなりました。

この頃は、私の友人たちを紹介し、「この人は私のお友達だから、今度来る時には、ナイスにしていようね。」と教えると、覚えていて、次回は吠えずにいます。

今ではホッキーは大変柔和な顔をしています。体や顔にポツポツと白髪が混じるようになったので、年齢のせいかもしれません。

「マムは、ホッキーに対しては忍耐強くて、親切なのに、どうして僕にはガミガミと意地悪なんだろうね。」と息子に指摘されてしまいました。鋭い!!!





2011/05/18

この夏、ぽーと会は熱い


この夏は、子供たちが大学進学、キャリア、独り立ちの準備、平和のことを考えるきっかけになるイベントを計画しています。

5月下旬 日米両方の大学、大学院の内情を知る研究者からそれぞれの教育システムのことを学びます。

6月 バイオエンジニアの研究者、学生それぞれから、大学院での生活、キャリアのことをお話いただきます。

7月上旬 高校卒業後、子供たちが親元から離れ生活することになりますが、その際注意するべきこと、危険を避ける工夫、良き大人となるためのアドバイスを現職の警察官から学びます。

7月下旬 教育コンサルタントの先生による、親と子のための「2日間缶詰、アプリケーションブースキャンプ」を開催します。

8月中旬 アメリカ大学進学セミナー、相談会

8月下旬 第二次世界大戦中に何が起こったか、日本とアメリカの平和の大切さ、子供たちがこの平和を維持するために何ができるかを学びます。講師の先生は、戦争中日本軍の捕虜として強制労働をさせられた、もとアメリカ兵の方にお願いしました。憎しみ、苦しみをどうやって、許し、和解、希望につなげていくかを学びます。


今後、親の勉強会と共に、子供が将来のことを考えるためのセミナーを継続していきたいと思います。

2011/05/14

現地校で一番尊敬されている先生





息子の通う現地校で一番人気の高い先生は、副校長先生でもある風紀の先生です。

30台前半、長身で筋骨隆々、頭は丸刈り、まるでLAW & Order に出てくる俳優さんのようです。元は警察官だったのですが、理事長のたってのお願いで学校の先生になったそうです。

この先生がキャンパスを歩いていると、子供たちが群がって、あれこれ話しかけてきます。どんな悩みも、身の回りの変化もすぐにこの先生に携帯メールしていいことになっているので、子供たちは様子のおかしい友達のこと、いじめられている生徒のこと、自分自身のかかえる悩みなどを相談することができます。

すぐに、きちんと対応してくださるので、親も子もこの先生をとても信頼しています。

優しく、頼りになる一方で、この先生は大変厳しい一面もあります。警察時代に特別なトレーニングを受けたので、目を見ただけでその子供がどんなドラッグを使用し、どの程度中毒になっているかがわかるそうです。

この学校は、入学の際に長い長い誓約書に親と子供でサインをするのですが、その中の一つにドラッグの使用が認められたら即退学という一文があります。

この風紀の先生が、取り締まっているお陰で、今まで何人もの息子の同級生が即退学になりました。

私にとっては、ドラッグを使用している生徒がいたというだけでショックでしたが、ほかのお母さんに言わせると、”ほかの学校だったら、ドラッグの売買をしていたら退学にしてくれるけど、単に個人で使用しているだけなら、そのまま学校においておくから危険。ドラッグを使用しているだけ即退学にしてくれてありがたい。”のだそうです。

ティーンエージャーをアメリカ社会で育てる大変さを思い知らされます。

風紀の先生の子供に対する細やかな配慮、迅速な対応、勇気ある決断は、親の私たちも見習うべきだといつも感心しています。

アメリカで育つ子供を日本の型にはめ込んでしまう危険性



先月のぽーと会のミーティングでは、ゲストスピーカーとして現在大学1年生、と12年生のお嬢さんをお持ちのKさんの壮絶な子育てのお話を伺いました。

子供を厳しく育て、良い大学に入学させることが正しことだと信じ、努力されましたが、思いとは逆に子供の不登校、家庭内暴力、家庭破壊、ご主人のご逝去、と辛い道につながってしまいました。

これ以上不幸な子供と家族を増やしたくないということで、私たちに経験を話してくださいました。あまりに、スケールが大きすぎ、真実の10分の1もお伝えできないのですが、ざっとあらすじを書いてみたいと思います。

1. Kさんの歩んできた道

☆ 日本の有名大学卒業後、商社に勤務され、キャリアウーマンとして活躍、その後、MBA とCPA取得を目的に渡米。

☆ 日系3世の男性と結婚、二人のお子さんに恵まれたため、MBA取得を断念。

☆ 子供が2歳と4ヶ月の時、ご主人が心臓発作を起こす。日々の生活、将来に不安を覚えるようになる。

☆ ご主人の健康管理、子育てで、ますます自分のやりたいことから遠ざかる。

☆ 不完全燃焼になった自分の夢を子供の教育、将来に託すようになる。

☆ 子供たちのために、各種の習い事、アカデミックなサポートに全力投球する。

☆ 親のサポートが目に見えて成果を上げ、当然子供たちも楽しんでやっていると思っていた。

☆ ご主人のバイパス手術。さらに、ストレスが増す

☆ 子供たちが思春期、反抗期を迎える。それでも、ゲートクラス、サイエンスオリンピック、オーディション等での成果を期待する。

☆ あることをきっかけに、今まで親がコントロールできた子供が反抗するようになる

☆ 不登校、家庭内暴力が始まる。子供のために良かれと思って努力してきたことが、悪い結果になる。

☆ ありとあらゆるカウンセリング、解決策を探るが、効果がない。

☆ 追い詰められて、Kさんは自殺未遂。あわてたご主人が救急車を呼び、72時間精神病棟に入れらる。

☆ 退院後、子供たちから「お前とは住めない」と告げられる。

☆ 子供は、今まで母親から自分を守ってくれなかった父親に対しても、恨みを抱き、カウンセリングでも怒りをぶつける。

☆ K さんは力つき、日本に一時帰国する。

☆ 日本滞在中に、ご主人が動脈瘤破裂によって、脳死状態になった知らせを受ける。

☆ 帰国便の中で、「臓器移植のドナー」という声を聞く。

☆ ご主人の臓器のお陰で多くの命が救われた。

☆ 子供たちは、「家を出たい。一緒に暮らせない。」と主張し、譲らない。結局フォスターファミリーで預かってもらうことになる。

☆ 万策つき、自分はいったい何を悪いことをしたのかわからないけれど、ただ祈るしかできなくなった。




2. K さんが考える子育ての失敗の原因は次の通りです。

☆ 子供は天から預かっていただけなのに、親のエゴを押し通した。


☆ 夫婦間で、価値観や子育ての方向性が一致していなかった。


☆ 親の不完全燃焼になったままの夢を子供に託した。


☆ 子どもにとっては、重荷だったカリキュラムを「こどもは楽しんでやっている」と思い込もうとした。


☆ 夫や子供に対して、愛や感謝の気持ちがなかった。


☆ 子供に対して「もうちょっと~~だったら。」と不満に思っていた。つまり愛情のかけ方が間違っていた。


☆ 子供を変えようとしようとしていた。(本当に変わらなければならないのは自分だったのに)



お嬢さんたちとKさんの関係が改善されたのは、まずお母さんが徹底的に悔い改め、子供さんたちを天からの授かりものと認め、フォスターファミリーにすべてをゆだねたことです。そこに至るまで、数年の年月を要しました。

そして、奇跡的な形で、離れて暮らす親子が神様を受け入れ、クリスチャンになり日曜日に教会に一緒に通うようになります。

現在、長女は、ゴスペルシンガーを目指し、UCの声楽科の1年生、次女は、自分の辛かった子供時代の経験を他の不幸な子供たちを助ける仕事に生かしたいということで、秋から同じUCで心理学を学びます。自分の与えられた使命に向かって、希望と喜びに満ちた日々を送っているそうです。


Kさんのこの問題が、我々にはとても他人事とは思えません。


私たちは、日本で生まれ育ち、教育を受け、大人になって渡米しました。そして、日本の価値観を引きずりながら、アメリカで子供を育ててきました。


今まで正しいと信じてきた唯一の価値観というのは、子供の頃からわき目もふらず、熱心に勉学に励み、一流大学に入学し、一流企業に就職すれば、一生幸せな人生を送れるというものです。

しかし、子供たちは、一日の大半をアメリカ人と過ごし、アメリカ社会の価値観にどっぷり浸って生活しています。見かけは日本人でも、考え方、人との付き合いすべてがアメリカ人になっている子供が多いのではないでしょうか。


日本のように全員が18,19才で大学行く必要もなく、いくらでも軌道修正が可能で、敗者復活戦も用意されているアメリカ社会のシステムを知っている子供に、古臭い日本の人生プランを無理やり押し付けても、うまくいくわけありません。


Kさんから、私たちへのメッセージです。


● すべてのことに感謝すること

家族が一緒に暮らせること、家族が健康でいられること、屋根のある家に住めること、1日3回ご飯が食べられる事、日々の生活の中で、与えられているすべてのことを当然だと思わないこと。自分は、夫も子供も失ったので、そのありがたみが、とてもよくわかります。

 ご主人を大切に!!


● 子供は元気で生きていてくれれば、それでよしと思うこと!

2011/05/11

忙しい季節





明日は、息子のAP世界史のテストの日です。

ここ数週間、クラスメートの家で4時から9時までのスタディグループが続き、送迎が大変でした。

家から、息子の学校まで40キロ離れていて、クラスメートは半径50キロ以内の場所にてんでばらばらに住んでいます。賢く、財力のある家族は、この学校に子供を通わせると決めるや否や、学校の徒歩圏内に家を買い移り住みます。しかし、大半の家族は、時間、労力、ガソリンを費やして、送迎をします。

スタディグループがある日は、朝、まず学校に連れて行き、放課後、スタディグループのお宅に連れて行き、夜9時に迎えに行きます。ガソリン価格の高騰する中、一日の走行距離が軽く200キロを越える日も少なくないので、家計を圧迫してしまいます。

一日中、授業をしたあと、さらに9時まで指導してくださる先生にも頭が下がります。持ち回りで家を開放し、食べ盛りの生徒たちと先生に夕食とおやつを提供してくださるクラスメートのご家族にも感謝です。我が家は、ほかのクラスメートの家からは方角が違いすぎて、誰も来たがらないので、スタディグループをしたことがありません。

申し訳ないので、先生と相談して、テストが終わった翌日、クラスでブランチパーティーをすることにしました。幸いこのクラスは生徒6人、先生1人、合計7人なので、どんなに大食漢がいたとしても私1人で準備ができます。

明日のテストの前には、先生が学校の近所のカフェで壮行会と最後のリヴューをしてくださるので、6時半に集合です。(ありがたいけど、5時起床が辛い!)

世界史以外にもいくつかスタディグループがありますが、何よりも大変なのが、期末レポートとしての映画製作です。台本を書き、にわか俳優たちに演技指導をし、家庭用ビデオカメラで撮影をし、家で編集をする、この一連の作業の時間のかかること! たった10分の動画のために、いつも準備に10時間以上かかります。

学校で友達の演技を撮影する場合はまだ気が楽ですが、家をニューススタジオに見立て、息子がニュースキャスターとなって撮影する場合は、音を立てないように気を遣います。

しかし、細心の注意を払っても、電話がかかってきたり、隣の犬が吠えたり、配達の人がベルを鳴らしたりするので、その都度撮影が中止になります。

私は撮影助手、大道具、小道具、衣装担当と使い走りまでやる羽目になり、気の休まることがありません。

息子は、この一連の作業が楽しくて仕方がないので、どこにそんな集中力が潜んでいたのかと呆れるくらいのめり込んでしまいます。

本当は、期末テストに向けて、通常の勉強に時間を割いて欲しいのにと、泣きたくなります。

それに比べたら、日本の期末テストは楽だったと懐かしく思い出されます。教科書、参考書、ノートを家で勉強していれば、よい成績がとれたのですから。親もさぞ楽だったのではないかと羨ましくなります。

2011/05/07

草食系男子のさらに進化した形



今週のぽーと会で、補習校高等部男子の草食ぶりが話題になりました。

10年近く前の高等部の男子は、今でも語り草になるくらい、尖って怖かったです。ブンブン鎖を振り回して歩く子供もいて、中学生や小学生が怖がって学校に来たがらないので、高等部だけ他のキャンパスに移ってほしいと要望があった程です。

その時期私はPTA役員で、厚生という安全の担当だったので、毎週キャンパスを歩き回っていました。当時の高等部の男子は、みんな一匹狼で、お弁当の時間になると思い思いの場所で食べていました。歩いていても、全身から「俺に話しかけるな」オーラが出ていました。もちろん目つきも険しかったです。

色々大胆な悪さをしては、先生を怒らせて、ずいぶんご迷惑をかけていたそうです。ところが、悪さもするが、勉強もよくできたらしく、進学先は日米のトップスクールに合格して、メリハリぶりを発揮していました。

さて、時代は変わって、今の高等部の男子はどうしているかというと、輪になって、にこやかに談笑しながら、お弁当をつついています。喧嘩をするとか、先生に叱られたなどということはついぞありません。

いつも、女子に導かれて、嬉々としてそれに従っています。

いつも、のどかで、平和すぎ、あまりに情けないので、「世の中は厳しいのだから、バシッと根性入れて生きてみなさい。と説教してください」と先生にお願いしたことがあるのですが、「悪いことをするわけでもなし、適当に勉強もするから、叱ったり、説教する理由もないんだよね。」と困っておられました。

まさに、ヤギさん、ヒツジさんが草を食むのどかな情景が毎週土曜日繰り広げられています。

ある方から、「草食系を通り越して、いまや "ご隠居さんお茶を飲みながら縁側で将棋" 状態かもね。」という指摘があり、まさにぴったりな表現だと感心してしまいました。

バブルを謳歌した肉食系の母親たちからしてみれば、「24時間戦えますか?」といった昭和のノリをそのまま引きずる夫と見比べて、なぜ日向ぼっこのような息子たちに育ってしまったのか首をかしげてしまうのです。

この子達にも、闘争心というものが心のどこかに隠れているのでしょうか? 本当は肉食なのに、周りに合わせて、ご隠居キャラを演じている……わけではなさそうです。

2011/05/05

アートメジャーについて




ぽーと会メンバーの子供たちの中で、アート専攻希望者が何人かいます。

しかし、私たちは親はまず「貧乏画家」のイメージを描き、もっとお金になる、実用的なものを勉強してほしいと反対してしまうことが多いと思います。又、通常の大学受験の準備に加え、大学に提出するポートフォリオ製作といったことも、親と子両方にとって全く未知の世界で、心理的にも経済的にも大きな負担です。

しかし、キャリアの将来性への不安、受験準備の煩雑さなどが理由で、子供のやりたい夢を簡単に捨てさせてもいいものでしょうか?

息子の教育コンサルタントの先生は、「アートと一口に言っても、将来のキャリアは画家以外にも、建築、舞台芸術、工業デザインなど色々あるので、親の思い込みで諦めさせてはいけません。総合大学でダブルメジャーとしてアートを学ぶ道もあるので、きちんと戦略を立てれば、アートとキャリアは両立します。」とおっしゃっています。

というわけで、ぽーと会スピンオフ(分科会)の記念すべき第一弾として「アートメジャー」について教えて頂きました。講師は、お嬢さんがUCの中でもユニークな学部の中のアートで学んでいらっしゃる方にお願いしました。



1.高校でのアート科目の履修と大学受験のための準備


● 高校で学べる科目

1年目 Drawing and Design Painting Sculpture

2年目 Imaging AP Art 2-D design

3年目 AP 3-D design AP Art History

4年目 Conservatory Design Fine Art


● アフタースクール

先生からの薦めでWatts Atelier of Arts に通う。

「筋肉だけ」「手だけ」「表情だけ」といった基礎を一年半学ぶ。

大学入試の際必要なポートフォリオ作りもここで手伝ってもらう。



● その他 スケッチをする、アートヒストリーを学ぶ、時代背景、社会がそのアーティストに及ぼした影響などを学ぶことも大切。


時間があれば、美術館に通い、素晴らしい作品に触れる必要あり。



2. 大学進学


1)UC 大学側が欲しがる作風が全く違う。


UCSB 古典

UCLA 現代アート


エッセイの内容も吟味される。


2)私立 


マックスキャリアのサイトにある学校の一覧は参考になる。


その中でも特に有名なのは、


Cal Arts 月謝が高く年間4~6万ドルもする


Otis College of Art and Design ハリウッドに近いので映画関係のクラスもある


Art Center 車のデザインが有名、レベルが高く企業からも高く評価されている。ディズニーに入社する人が多い。


California Institute of Art サンフランシスコにある


Laguna College of Art 比較的新しい



☆ National Portfolio Dayで自分の作品を大学側に見てもらうことができる。毎年1月ごろ。


3)コミュニティーカレッジ

Mesa College はアートのクラスが多い

Mira Costa は少ない


4)日本の美大

確かに上手だが、同じような作風で、個性的なものがない。

工業デザイン、コンピューターグラッフィクの分野において長けている。


3.大学卒業後の進路


アメリカでは、総合大学でアート以外にも色々勉強するので、キャリアの可能性が広い。


● 工業デザイン

● 建築

● パッケージ

● 舞台芸術

● コンピューターグラフィックス

● 小売業 (たとえば、モールにあるおしゃれな小物と洋服の店Anthropologieは、店全体をアートの作品で埋め尽くす戦略で、高級路線をアピールすることに成功。)


日本人のバックグラウンドがある場合、和の要素も加えることもできる。染色、手すき和紙、浮世絵など、可能性が広がる


ただし、MANGAで食べていくには、マーケットが小さい、売り込みに時間がかかるといった理由で、難しい。


デジタルアートは支流なので フォトショップなどを使いこなせると更に広い分野において活躍できる。



4.筆者の感想


講師の方が、お子さんの高校時代から現在に至るまでの作品(絵画、版画、陶芸、等)をたくさん持って来て見せてくださいました。実際に手で触れてもいいと許可してくださったので、参加者一同、間近で作品を見て、感じることができました。

作品を通じて「私たちが住んでいる世界は実はこんなに美しかったんだ」、「人間って優しく暖かい心を持っているんだ」、「生きているって素晴らしい」というメッセージが伝わってきました。

高校時代に制作されたという細い線で描かれたペン画は、「いったいこれを仕上げるには何十時間かかったんだろう」と、ため息が出ました。他にも難しいアカデミックな科目をたくさん取って、良い成績を修めていらっしゃったので、その準備も大変だったでしょうに、たった一枚の作品にこれだけの情熱が注げるのはすごいと思いました。お母さんは、「娘は、絵を描いている時は、楽しくて時間を忘れるのよ。」とおっしゃっていました。

この数年で、画風が変わり、着実に力がついていることを、作品を通して見せていただきました。自分が好きな道を選んで学べることの喜びを、作品の一つ一つから感じることができます。


今では、紙も手すき、油絵のキャンバスも手作りされるほど、こだわっていらっしゃるそうです。確かに、紙によって、版画でも表情がまったく違ってくることを初めて知りました。


現在、大学で好きなアートを生き生きと学んでいらっしゃることを、「大人でも自分のやりたいことが見つからない人が多い中、娘は好きな道を歩めてうれしい。」とお母さんもとても誇りに思っていらっしゃいます。

このセミナーは、東北大震災の直後に行われたので、出席者全員が、アートによって傷ついた心が癒され、生きる希望を持つことができました。

景気低迷、先行きの不透明な時代だからこそ、私たちの心を奮い立たせ、良心を呼び覚ますアートの力が必要であることを学びました。


参加者は、「この絵には、こんな額縁を作ってもらって、家のあそこに飾りたいなあ!」などという、勝手な想像をして、わくわく盛り上がってしまいました。


生活にアートはなくても生きていけるけど、アートがあると心が深くなり、幸せな気持ちになれることを学びました。

このセミナーを通じて、子供がやりたいと見つけた道を親がサポートしてあげる大切さを学びました。


今後、引き続いて、お嬢さんのアートのキャリアのアップデートをしてくださるそうです。とても楽しみです。


これからも、どうぞよろしくお願いします。

2011/05/01

アプリケーションプロセス



明日は、ぽーと会スピンオフ(分科会)の第二弾、「アプリケーションプロセス」が行われます。

私たちがリサーチするために役立つであろうサイトを実際に見せてくださるために、インターネット環境のあるご自宅を講師の先生が開放してくださいます。(私たちが普段会合に使っているレストランはインターネットが使えない。メンバーの自宅は狭すぎて全員が入れないか、遠すぎて集まりにくいなど、いろいろ難あり)

数日前には、参考資料として、情報満載のマニュアルを送付していただきました。超多忙なスケジュールの合間をぬって、膨大なインフォーメーションを集め、私たちにもわかるようにまとめ、タイプ打ちしてくださって、ただただ感謝です。

さらに「ファイナンス - 大学進学のための資金」についても別の機会に教えいただきます。

何年もかけて構築されたノウハウを、今まで一度も会ったことのない私たちにお伝えくださるそうです。

申し訳なくて、涙が出ます。

いただいたご恩を同じようにお返しすることはできません。

でも、私たちが将来後輩お母さんのためにお伝えできればと思います。

講師の先生、本当にありがとうございます。